2017年08月01日

7月31日の野球関連の件を前振りに、栗山英樹「栗山魂」

まずは、昨日の野球関連のニュースから。
NHK仙台局のスポーツキャスターの村田奈央さんは、先週から声が出なくなったものの昨日の「てれまさむね」には出ていたようですが、今日は決勝戦(午前10時からKoboパーク宮城)の取材ですかね。
それはさておき、昨日(7月31日)はプロ野球の試合は「鷹の祭典@東京ドーム」1試合のみ開催。
日ハムはこの件を引きずった?!
昨日(7月31日)をもってプロ野球(NPB)の選手契約、譲渡可能期間終了となるわけですが、最終日にリリースされたトレード(譲渡)はこの1件。新規支配下選手登録は、育成選手からの移行で楽天2名、巨人1名。(2017年度シーズン途中・2月以降の一覧はこちら
また、日本時間では今日になってからのリリースになりますが、現地時間では(NPBと同じく期限ギリギリの)7月31日付ということで2件。
そして、忘れていけないのはこれ。
個々の案件に関する詳しいことはこちらをご覧いただくとして、
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日本一よくわかる北海道日本ハム 強さの理由 ―なぜ常勝球団になれたのか -
「今年はどうしちゃったの?」と思わないまでもないですが、谷元、ダルビッシュ、稲葉と日ハム関係者が3人出てきたからみでこの本。
栗山魂 (14歳の世渡り術) - 📖栗山魂 14歳の世渡り術

要は、(現北海道日本ハムファイターズ監督)栗山英樹氏の自叙伝ですが、スイッチヒッターへの転向関連についてここで言及。
Wikipediaでは「またこの(1985年)オフには若松勉(翌年から打撃コーチ補佐兼任)が、栗山の俊足を生かすためにスイッチヒッターに挑戦させてはどうかと土橋正幸監督に提案。栗山はもともと右打ちだったが〜」と書いてありますが、この本によれば実際はその前に若松さんが最初に言ったのは「あと3年若ければ。スイッチヒッターの可能性があったかもしれないんだけどな」、「バッティングフォームが固まっていると、スイッチヒッターに転向するのは難しいんだ。残念だけど、もう遅いな」と。それにもかかわらず、栗山さんは諦めずに若松さんに左打ちの指導をお願いし、その決意の強さに若松さんが動かされたということらしいです。
もっとも、30歳を目前にスイッチヒッターに挑戦し、成果を上げている選手もいるし…

📖栗山英樹/栗山魂 14歳の世渡り術河出書房新社
【内容紹介】
やりたいことをやる勇気、そろそろ出してみませんか?

厳格な父から教わった野球愛と人間愛、ひたむきに甲子園を目指した青春の日々、家族の反対を押し切ってのプロ野球界入り、突然発症した病とたたかいながらの選手生活、自ら決めた引退の理由とラストゲーム。数々の取材を通しメジャーリーガーから学んだ大切なこと。まさかの監督就任、涙の優勝。
試練だらけの人生を支えてくれたのは、野球が好き! その一心だけだった。

さらなる高みへ向かう名将の、知られざる苦悩と葛藤の日々。
涙なくしては読めない、泥だらけの自叙伝。

「子供から大人まで、夢をかなえて熱く生きたいすべての人へこの名著を贈ります。将来何をしたら良いのかわからない、新たな挑戦をしたいのに踏み出せない、部下や子供の育て方に迷いが生じている、チャンスに賭けてみたいがうまくいかない、学校や会社で居場所を失っている、夢に向かって邁進したいが周囲に反対されている……例えばそんな時、この本は必ずあなたの背中を押すはずです。編集させていただくことがこんなに幸せな本はありませんでした。どうか一人でも多くの方が本書をきっかけに新たな扉をひらいてくださいますように! 心から祈ります。著者の真っ直ぐな生きざまは老若男女の心に届くはず! 自信をもっておすすめします」(担当編集者より)

【目次(一部抜粋)】
第1章 ヒーローになりたかった、あの頃
父のチームでエースの僕
一球入魂、運命的な出逢い
ピンチこそチャンスだった

第2章 自称天才、凡才に化し、夢から逃げる
甲子園へのラストチャンス
夢から逃げて、大学入学
奇跡が起きて、プロの世界へ

第3章 夢がかなった、それは地獄のはじまりだった
僕を再び立ち上がらせてくれた言葉
燃えるスイッチヒッター
病とたたかいながらの1軍生活

第4章 一生かけて、野球と生きていく
忘れられない恩人との別れ
野村監督の就任
ラストゲーム

第5章 まさかの監督就任、大志を抱く
大谷翔平という夢
選手を育てるということ
10年ぶりの日本シリーズ優勝

第6章 夢は正夢
限りある人生だからこそ
必ずかなえたい夢は、何ですか?
僕もまだ、夢の途中

【著者】
栗山 英樹 (クリヤマ ヒデキ)
1961年東京生まれ。創価高校、東京学芸大学を経て84年にヤクルトスワローズに入団。90年、引退。引退後は、解説者、スポーツジャーナリストとして活躍。2011年、北海道日本ハムファイターズ監督に就任。
【2017年3月発行/2017.6.13読了】

【備忘録】
はじめに
・「なりたい」という気持ちには、うまくいかないと弱い気持ちが入り込んでくる。「なる」という気持ちは、簡単にはぐらつかない。大きな志を抱いていれば、周りの人たちは必ず助けてくれる。あきらめなければ、どこかに道はある

第1章 ヒーローになりたかった、あの頃
・「野球は無私道なり」とは、「自分を無くすことが野球であり、人のために尽くさなければ勝てないのだ」と解釈
・運を引き寄せたり自分を成長させるには、サインを見落とさないこと(日常生活からヒント)
・既に実績のある強豪校(東海大相模)でなく、自分たちの力でチームを強くしていくのもチャレンジとして面白いんじゃないか(創価高校へ進学)

第2章 自称天才、凡才に化し、夢から逃げる
・東京六大学(明治)でプロを目指しても、ドラフトにかからなければ普通に就職するしかない。学校の教員になれば子どもたちと一緒に長く野球に接していくことができる。高校の教員になれば監督として甲子園を目指すこともできる(東京学芸大に進学)
・現実を見極めるのは必要なことだと思うが、可能性を追い求めてチャレンジしないと意味がない。自分でダメだと決めつけるのではなく、挑戦して、ダメならダメと判定してもらいたい
(ヤクルトスワローズへドラフト外入団)

第3章 夢がかなった、それは地獄のはじまりだった
・僕を除く選手たちは、プレーのすべてが速く、力強く、正確。自分がプロで勝負できる要素が見当たらなかった
・内藤監督「明日の練習で今日よりほんのちょっとでもうまくなっていれば、オレはそれで満足。他の選手と自分を比べるな」
・プロの1軍はいいところだけど、とんでもなく厳しいところ(1年目の感想)
・2年目は内野手から外野手へ転向。スイッチヒッターにチャレンジ。2軍で実戦を経験できると前向き


第4章 一生かけて、野球と生きていく
・一生懸命やった結果が失敗ならしかたない。それは誰にでもある。でも、中途半端な失敗は次につながらない
・引退後の選択肢→必要なのは(人として一人前になるための)勉強→野球を伝える立場になれば。一番近くで現場を見ることができる
・ノーラン・ライアン「メジャーとマイナーの違いは、年俸や待遇に差があることではなく、人に影響を与えられるポジションかどうか」

第5章 まさかの監督就任、大志を抱く
📖栗の樹ファーム物語―栗山英樹、野球場をつくる
栗の樹ファーム物語―栗山英樹、野球場をつくる -
・本当にやろうと思ったらできることはある
・負けたことを選手のせいにするな。結果の責任を選手に押しつけない
・差があるからこそ、生きる道がある
・この選手の伸び幅はどれくらいあって、目一杯伸ばすにはどうしたらいいかということだけに意識を傾ける
・大谷翔平にはメジャー挑戦を視野に入れつつ、彼の夢を一緒にかなえたい

・成長過程の選手には面倒くさいタイプが近くにいた方がいい
・進歩の大敵は言い訳
・選手の気持ちに火をつけるのは僕の仕事
・野球に限らずスポーツの指導者には(相手が納得できる筋道のある)理論や理屈を土台とした、違いを生み出す情熱(魂)が必要
・僕は本質的には感覚的な人間で、足りない部分として理論を学んでいる
・いつでもどこでもどんなときでも、自分のできることはすべてやる。それによって、偶然の運が必然に変わるような気がする
・吉村GM「(野球は)もともと答えのないスポーツなんだから、命がけで野球を愛してください」

第6章 夢は正夢
・限りある人生だからこそ〜人間という生き物は、この世にちょっとだけ遊びに来ているだけ
・必ずかなえたい夢は、何ですか?〜夢や目標をあきらめなければ、その思いはやがて形になる。道に迷いそうになったときは、周りの人たちがきっと手を差し伸べてくれる
・僕もまだ、夢の途中〜野球の素晴らしさを伝えていく
日ハムファン「夢の途中って、悪夢なら醒めて欲しい(泣)」

【参考書評等】
乳牛と酪農を科学する/泉 賢一
自腹で読書日記
Amazon書評
楽天ブックス書評
読書メーター

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posted by スーパーサウスポーあさちゃん。 at 09:07| 神奈川 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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