2017年12月19日

野球関連の2件を前振りに、広岡友紀「なつかしの通勤電車(関東編)」

まずは、西武からFAで巨人入りした野上投手の人的補償が決まった件。
そして、今朝の中日スポーツ一面(トウチュウも同じ)。
さらに詳しいことはこちらもご覧いただくとして、
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もはや野球クラスタといえども、松坂といえばこっちの松坂が真っ先に出てくる人多いはず(^_^;)
STER EDGE 005 (ロマンアルバム) - ←自分のPC・スマホの予測変換もこっち(^_^;)

前振りはここまでにして、元西武とこれから西武の選手になる人が出てきたからみでこの本。
なつかしの通勤電車(関東編) -
📖なつかしの通勤電車(関東編)

何回も繰り返すようですが、著者の広岡友紀さんは女性です。女性にしては鉄道本が技術論中心なんですけど…

それはさておき、管理人自身も懐かしく思うのは、まずは、昭和時代後半になってからようやく電車に冷房が入り始めたこと。

ちなみに、自分が小田急で大学に通ってた頃は2600形、5000形、8000形、9000形のみが冷房化されていて、当たりハズレのある時代。

今にして思えば、どうやって暑さをしのいでいたのだろうか?

その頃は、今よりも夏の暑さがきつくなかったと認識してなくて、暑さで辛い思い出といえば、就活中にスーツ着たまま炎天下の都内を移動したことくらい。
当時は地下鉄も電車を冷房化すると熱気がトンネルにこもるからという理由で、まずは駅の冷房化が先行。

(もう二度と乗りたくはないし・・・)

小田急2600系旧塗装色.jpg
なお、この色の小田急電車は復刻仕様のもので、記憶にあるのは白地に青ラインの車両から。

📖広岡友紀「なつかしの通勤電車(関東編)」(彩流社
【内容情報】(「BOOK」データベースより)
昭和30〜50年代に、東京・神奈川・千葉・埼玉を中心に走ったなつかしの通勤・通学電車。ターミナル駅周辺の変遷と経済界の意外な裏面史。女性らしい暮らしの変化への視点と読者を引きつける目からウロコの文章。

【目次】
プロローグ 車両も進化した高度経済成長期
第1章 首都圏通勤事情の変遷
(通勤地獄の解消に向けて/ラッシュ対策、各社の改良策/冷房と女性専用車の登場/1960年…通勤輸送が変わった)
第2章 あの日、あの頃ー思い出のターミナル
(最大の中心駅・新宿駅/変化の激しい渋谷駅/後発のターミナル・池袋駅)
第3章 通勤形車輌の歩み
(民鉄各社の概要/東武鉄道(7300系・7800系・8000系)/西武鉄道(351形(クモハ351形)・501系(クモハ501形、サハ1501形)・4-51系(クモハ451形、サハ1471形、クハl471形)・411系(クモハ411形、クハ1451形)・801系(モハ801形、クハ801形)/京王電鉄(当時は京王帝都電鉄)(2600系・2700系・2000系・2010系・5000系・5100系)/小田急電鉄(1800系・2600系・5000 系)/東京急行電鉄(5000系(初代)・7000系(初代))/京浜急行電鉄(1000形(初代))/京成電鉄(3000形(初代)・750形)/相模鉄道(6000系))

【著者情報】(「BOOK」データベースより)
広岡友紀(ヒロオカユキ)
鉄道・航空評論家。全国の鉄道関係の著書多数。財界・ホテル問題などにも詳しい(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
【2017年9月発行/2017.10.23読了】

【備忘録】
プロローグ 車両も進化した高度経済成長期
・(1990年代に入るまでは)車両も一般乗客でもわかる進化をしていた
→モーター音の低減(吊り掛け駆動→カルダン駆動)
→片開き側扉から両開き側扉
・1990年代以降はサイクリスト・チョッパー制御の登場などで車両技術がブラックボックス化
・鉄道趣味は昔とは比べようもないくらいに「市民権」を得たが、質が低下し、これがもとで鉄道事業者が鉄道ファンを厄介者と見るようになった
・昔は駅の多くに構内踏切が存在し、反対側のホームに簡単に行くことができた。
>線路高架化前の本厚木駅での記憶あり。
>愛甲石田駅も橋上駅舎ではなく、下り側にしか改札口がなかった。
【現状】
・今その構造をした駅は少なくとも都会では激減
【ここまでは本書に記載。以下、管理人追記】
・私見だが、(鉄道フェスタの開催などの各種イベントで)乗客と鉄道事業者との距離は、昔に比べて一見近くなったように映るが、もしかすると鉄道事業者サイドが都合よく用意したフルコースメニューを食べさせられているかもしれない

第1章 首都圏通勤事情の変遷
満員電車がなくなる日 改訂版 -
・川島令三氏「提言したことの10分の1でも実現できれば良いと思っている」
・ラッシュ対策、各社の改良策
→西武鉄道は貨物も扱っていたので駅の用地が比較的広く、手持ちの電車すべてが自由に連結でき、そして保有車両も多かったので10両化をいち早く実現(「質より量」の西武鉄道)
(管理人自身は)小田急が前4両急行箱根湯本行・後4両急行片瀬江ノ島行(計8両)以降からの記憶あり
・冷房と女性専用車の登場
→通勤者に冷房車が登場したのは京王帝都電鉄が最初(1968年)
←という無言のプレッシャーを著者は感じるらしい。
>ちなみに、小田急の女性専用車両は端っこにあるから間違えて乗ってしまうことはないのですが、相鉄や大阪市営地下鉄など中央部にあるところは間違えて乗ってしまうことも度々(^_^;)
・1960年…通勤輸送が変わった〜相互直通運転の開始
→まずは、京成電鉄と東京都営地下鉄1号線(現:浅草線)。1962年には東武鉄道と営団地下鉄日比谷線(現・東京メトロ日比谷線)との間で相互直通運転開始
→列車が直通しても運賃は合算になる制度を見直して欲しい
→相直路線上のどこか1箇所で事故かトラブルが発生すると広範囲に影響が出る点が落とし穴。
(特にJR東日本の湘南新宿ラインや上野東京ライン。民鉄各社は相直を中止して影響を自社線内にとどめるところが多いが・・・)

第2章 あの日、あの頃ー思い出のターミナル
(最大の中心駅・新宿駅)
>著者「(それは表向きの発表で)真相は西武の堤康次郎と当時の伊勢丹小菅社長との間で『伊勢丹の池袋出店を取りやめることを条件に、西武鉄道は高島屋の新宿出店を阻止する(新宿ステーションビルから手を引き、駅の移設も取りやめ)』というバーター取引をしたから」
・著者にとって新宿駅と言えば小田急(ロマンスカー)
>管理人自身が最初に乗ったロマンスカーはこれ(当時は「さがみ」しか本厚木に止まらなかった)
>朝夕に本厚木に止まるロマンスカーはNSEだった

(変化の激しい渋谷駅)
>これらの記憶は当然ありませんが・・・
・少なくとも1950〜1960年代までの渋谷は3大ターミナルの中で一番品の良いターミナルであった

(後発のターミナル・池袋駅)
・東京の地下鉄に直結した山手線上にあるターミナル駅は、最初は上野、ついで渋谷、池袋、新宿の順
>自分も西武線内で初代レッドアローに乗った記憶はなく、富山地鉄で乗った。
レッドアロー@西武球場前駅.jpg←現行型

第3章 通勤形車輌の歩み

・京王電鉄(当時は京王帝都電鉄)(5000系)←これには乗った記憶あり
・小田急電鉄(1800系・2600系・5000 系)←同上

・東京急行電鉄(5000系(初代)・7000系(初代))
>一方、7000系(初代)は既に東急では運行してませんが、骨組みと外板を残してそれ以外の、台車、電機品、および内装などを総取り替えし、その上で冷房装置を搭載する改造をされた7700系は池上線・多摩川線では現役。
池上線7000系.jpg
・京浜急行電鉄(1000形(初代))

・相模鉄道(6000系)


【参考書評等】
読書メーター
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【当ブログでの広岡友紀氏本の書評エントリー】
相模鉄道 (キャンブックス) - 📖2016.10.7「THE 相模鉄道」
日本の私鉄 京浜急行電鉄 - 📖2011.6.11「日本の私鉄 京浜急行電鉄」
日本の私鉄 東京急行電鉄 - 📖2011.4.19「日本の私鉄 東京急行電鉄」
関東私鉄比較探見 (キャンブックス) - 📖2010.12.20「関東私鉄比較探見」
日本の私鉄 小田急電鉄 - 日本の私鉄 相模鉄道 -
📖2010.7.27「日本の私鉄 小田急電鉄」&「日本の私鉄 相模鉄道」
大手私鉄比較探見 東日本編―首都圏10社の車両・ダイヤ・ターミナル… (JTBキャンブックス) - 📖2008.10.24「大手私鉄比較探見 東日本編―首都圏10社の車両・ダイヤ・ターミナル」
posted by スーパーサウスポーあさちゃん。 at 09:00| 神奈川 ☀| Comment(1) | 読書記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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Posted by トップブログランキング at 2017年12月19日 19:19
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