2019年08月30日

8/29のプロ野球の件を前振りに、ありがとうを言えなくて/野村克也

昨日は、午後7時半まで仕事で、終わった後にプロ野球の途中経過を確認したところ、
ということで、東京ドームの試合をニッポン放送📻で一部聴いただけで、ニュース映像はまったく見てません。なので、自分自身への備忘録としてここに結果のみ掲載しておきます。
個々の試合に関する詳しいことや総括はこちらをご覧いただくとして、
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そういった忖度でもない限り、今日からの甲子園のいわゆる(阪神は巨人の引き立て役という)「伝統の一戦」。阪神の方には勝ち目なし?
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(それより、雨野が最強かもしらんけど…)
それはさておき、本題の同球団の元監督の方のこの本。
ありがとうを言えなくて
📖ありがとうを言えなくて

要は、ノムさんのサッチーへの追悼本。

他人にどう言われようとも、ノムさんにとっては最高のパートナーだったことはよく伝わりました。

とありきたりな感想。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
📖野村克也/ありがとうを言えなくて講談社
【内容情報】(出版社より)
野村克也が綴る亡き妻・沙知代さんへの愛惜。
まさかお前が先に逝くとは・・・。
生きている間に言えなかった「ありがとう」をいま、伝えたい。

(以下、本文より抜粋)
背中をさすりながら声をかけた。
「大丈夫か」「大丈夫よ」
それが最後の言葉になった。
それから息を引き取るまで、ほんの五分程度のことである。
人間の命とは、なんとあっけないものなのだろう。

あの沙知代がまさか死んでしまうとは。あらゆるものに抗って生きてきた女が、最後の最後、もっとも抵抗すべき死をこんなにもあっさりと受け入れてしまうとは。
これまで沙知代が死ぬことなど想像したこともなかった。病気もほとんどしたことがないし、持病もなかった。死ぬ直前まで、あんなにぴんぴんしていたというのに。

私は口癖のように「俺より先に逝くなよ」と妻に言っていた。返ってくる言葉はいつも同じだった。「そんなのわかんないわよ」と。
極度な心配性の私は、そんなことがあるはずはないと思いながらも、万が一のことを思って妻にそう釘を刺していたのだ。ところが、その「万が一」が起きた。あまりに突然の出来事に、心ががらんどうになった。その状態は今も変わらない。

沙知代を失って、家にも「体温」があることを初めて知った。猫はいつも家の中でいちばん暖かいところに寝ている。今の私がそうだ。この家の中でいちばん暖かそうな場所。それが沙知代の座っていた椅子だ。
家の中の目の届くところはサッチーだらけなのに、おまえだけがいない。

このがらんどうの人生を、俺はいつまで生きるんだろう。

【著者情報】(「BOOK」データベースより)
野村克也(ノムラカツヤ)
1935年、京都府生まれ。京都府立峰山高校を卒業し、1954年にテスト生として南海ホークスに入団。現役二七年間にわたり捕手として活躍し、南海の黄金時代を支えた。歴代二位の通算六五七本塁打、戦後初の三冠王などの記録を持つ。70年の南海でのプレイングマネージャー就任以降、ヤクルト、阪神、楽天の四球団で監督を歴任。他球団で挫折した選手を立ち直らせる手腕は「野村再生工場」と呼ばれ、ヤクルトでは三度の日本一を達成。楽天でも球団初のクライマックスシリーズ出場に導いた(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
【2019年4月発行/2019.7.25読了】
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【備忘録】
・極力お互いに干渉し合わないことが夫婦生活を送るの中で自然と身についたルール
・監督時代は、いつも最悪の事態を想定して采配を振るったのに、家庭においては沙知代に先立たれるなんで想定していなかった
・本当の夫婦とは、所詮他人なのだと認め合うこと
・わかりあえない者同士と思うから、相手を思いやろうという心が生まれる
・沙知代に惹かれた理由は、おふくろによく似ているから(気の強いところだけではなく、鼻ぺちゃなところも)
・関西出身で田舎者で劣等感の塊だということがすぐバレる腕時計(見た目豪華なものが好み)
・最初の妻は中小企業の社長令嬢(当時は引退後の生活が不安でプロ野球選手と社長令嬢という組み合わせが多かった)
・童貞を失ったときの住吉新地での決まり悪さで女遊びの楽しさが理解できなかった
・男がいない女より、交際中の男とうまくいっていない女を口説くほうがたやすいらしいが、その逆を沙知代にやられた
・沙知代の嫉妬心が怖くて浮気はまったくしていないが、その嫉妬心に沙知代の愛情を確認していた
・関西人は陽気な反面、不平不満があっても表面上はニコニコしていているが、影で陰湿に罵るなど陰湿な面もある
・一方、沙知代は表裏なくはっきり物を言うタイプで関西と合うわけがない
・沙知代は最高のパートナーだったことはよく伝わりました。

とありきたりな感想。

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📖野村克也/ありがとうを言えなくて講談社
【内容情報】(出版社より)
野村克也が綴る亡き妻・沙知代さんへの愛惜。
まさかお前が先に逝くとは・・・。
生きている間に言えなかった「ありがとう」をいま、伝えたい。

(以下、本文より抜粋)
背中をさすりながら声をかけた。
「大丈夫か」「大丈夫よ」
それが最後の言葉になった。
それから息を引き取るまで、ほんの五分程度のことである。
人間の命とは、なんとあっけないものなのだろう。

あの沙知代がまさか死んでしまうとは。あらゆるものに抗って生きてきた女が、最後の最後、もっとも抵抗すべき死をこんなにもあっさりと受け入れてしまうとは。
これまで沙知代が死ぬことなど想像したこともなかった。病気もほとんどしたことがないし、持病もなかった。死ぬ直前まで、あんなにぴんぴんしていたというのに。

私は口癖のように「俺より先に逝くなよ」と妻に言っていた。返ってくる言葉はいつも同じだった。「そんなのわかんないわよ」と。
極度な心配性の私は、そんなことがあるはずはないと思いながらも、万が一のことを思って妻にそう釘を刺していたのだ。ところが、その「万が一」が起きた。あまりに突然の出来事に、心ががらんどうになった。その状態は今も変わらない。

沙知代を失って、家にも「体温」があることを初めて知った。猫はいつも家の中でいちばん暖かいところに寝ている。今の私がそうだ。この家の中でいちばん暖かそうな場所。それが沙知代の座っていた椅子だ。
家の中の目の届くところはサッチーだらけなのに、おまえだけがいない。

このがらんどうの人生を、俺はいつまで生きるんだろう。

【著者情報】(「BOOK」データベースより)
野村克也(ノムラカツヤ)
1935年、京都府生まれ。京都府立峰山高校を卒業し、1954年にテスト生として南海ホークスに入団。現役二七年間にわたり捕手として活躍し、南海の黄金時代を支えた。歴代二位の通算六五七本塁打、戦後初の三冠王などの記録を持つ。70年の南海でのプレイングマネージャー就任以降、ヤクルト、阪神、楽天の四球団で監督を歴任。他球団で挫折した選手を立ち直らせる手腕は「野村再生工場」と呼ばれ、ヤクルトでは三度の日本一を達成。楽天でも球団初のクライマックスシリーズ出場に導いた(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
【2019年4月発行/2019.7.25読了】
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【備忘録】
・極力お互いに干渉し合わないことが夫婦生活を送るの中で自然と身についたルール
・監督時代は、いつも最悪の事態を想定して采配を振るったのに、家庭においては沙知代に先立たれるなんで想定していなかった
・本当の夫婦とは、所詮他人なのだと認め合うこと
・わかりあえない者同士と思うから、相手を思いやろうという心が生まれる
・沙知代に惹かれた理由は、おふくろによく似ているから(気の強いところだけではなく、鼻ぺちゃなところも)
・関西出身で田舎者で劣等感の塊だということがすぐバレる腕時計(見た目豪華なものが好み)
・最初の妻は中小企業の社長令嬢(当時は引退後の生活が不安でプロ野球選手と社長令嬢という組み合わせが多かった)
・童貞を失ったときの住吉新地での決まり悪さで女遊びの楽しさが理解できなかった
・男がいない女より、交際中の男とうまくいっていない女を口説くほうがたやすいらしいが、その逆を沙知代にやられた
・沙知代の嫉妬心が怖くて浮気はまったくしていないが、その嫉妬心に沙知代の愛情を確認していた
・関西人は陽気な反面、不平不満があっても表面上はニコニコしていているが、影で陰湿に罵るなど陰湿な面もある
・一方、沙知代は表裏なくはっきり物を言うタイプで関西と合うわけがない
・成功している人間ほど、家に帰ると奥さんの好きにさせ、ペコペコしている(傾向)
・沙知代もマネージングで講演会に大忙しも、1回の講演料は100万円以下に抑えた
・悪いときはダメ出し、いいときは何も言わないのは沙知代も自分も一緒
・克則は、沙知代とはまったく違うタイプのおっとりとしていて、包容力があって聡明な女性を選んだ
・南海を去るときに「私を失ったら、この球団はダメになりますよ」と捨て台詞を言って、そのとおりになったのは気持ちよかった
・妻がもっとも輝くのは、男をコントロールし、その男が成功を収めたとき
・(沙知代の経歴詐称については)騙す方も悪いが騙される方(そういう女に惚れてしまった自分)も悪い。
・妻に任せっきりで自分は何も知らなかったことは東京地検特捜部もお墨付き
・沙知代のせいで、2回も監督の職を失ったが、自分には傷つかないから3回目はあるなと思えた→2006〜2009年楽天監督
・沙知代は3人の子供を自分で満足に育てず、人任せにしたから克則も常識人になったのだと思う
・沙知代が亡くなってから、自分はTVで野球を見るくらいしか楽しみがないし、そんな暇な老人がこれから増えるのだから試合時間の短縮なんてしなくてもいい。無駄が人生を耕す
・沙知代がいなくなってから、食欲もなくなり、睡眠欲しかない。行き着くのは永遠の眠りだが、死ぬのが怖いから生きている


【参考書評等】
読むらじる/ノムさんがボヤく妻への想い『ありがとうを言えなくて』
本よみうり堂/評・戌井昭人(作家)〜他人から見れば不思議な夫婦ではあるが、二人の中には、確実に大きな愛があるようだ。
論座/野村克也氏が語る妻・沙知代と生きた人生
産経新聞/【THE INTERVIEW】野球解説者・野村克也さん『ありがとうを言えなくて』ど迫力、究極のカカア天下
Amazon書評
読書メーター
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☆(ご参考)【当ブログでのノムさん関連本書評の過去ログ】
<野村克也氏著(共著も含む)>
巨人軍論(2006.4・3)
野村セオリー―<絆>(夫婦共著/2007.3.2)
あぁ、阪神タイガース――負ける理由、勝つ理由(2008.3.14)
野村の流儀 人生の教えとなる257の言葉(2008.5.13)
エースの品格(2008.11.4)
野村主義 勝利への執着力(2009.9.1
野村イズムは永遠なり(2011.9.14)
野村の見立て わたしが見抜いた意外な長所・短所(2011.10.4)
考える野球(2012.1.13)
プロ野球重大事件 誰も知らない”あの真相”(2013.1.24)
オレとO・N(2013.6.20)
・執着心 勝負を決めた一球(2013.9.23 その1:阪神関連9.28 その2:阪神関連以外
私が見た最高の選手、最低の選手(2014.5.10)
嫌われ者の流儀(竹中平蔵氏との共著、2014.9.13)
「小事」が大事を生む(2015.7.14)
リーダーのための「人を見抜く」力(2015.7.21)
老いの可能性―老いて学べば、則ち死して朽ちず(2016.9.13)
野村克也 野球論集成(サンケイスポーツ編)(2017.12.15)
野村のイチロー論(2018.3.7)

<他の方のノムさん関連本>
橋上秀樹:野村の「監督ミーティング」選手を変える、組織を伸ばす「野村克也の教え」(2010.12・9)
工藤健策:野村克也は本当に名将か(2010.1.9)
姉野村沙知代
posted by スーパーサウスポーあさちゃん。 at 06:50| 神奈川 ☁| Comment(0) | 読書記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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